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広島高等裁判所 昭和24年(上告)8号 判決

上告人 被告人 太田淑子

弁護人 豊川重助 小林右太郎

検察官 津秋午郎関与

主文

原判決を破棄する。

本件を山口地方裁判所に差し戻す。

理由

被告人弁護人豊川重助同小林右太郎提出に係る上告の趣意は別紙上告趣意書と題する書面記載の通りである。

上告の趣意第一点について、

よつて査するに原判決は判示窃盗の事実を認定するにあたり、その証拠として「山部ナヲの盗難届中判示に照応する被害顛末の記載、原審公判調書中証人相本千鶴子の供述として本件着物は二月二十九日夕方被告人が証人の店に売りに来たので買うたものなる旨の記載を綜合して認める」と説明しているそこで今右証拠を検討して見るに山部ナヲ提出の盗難届によれば山部ナヲが昭和二十三年二月二十六日判示同人居宅において錦紗袷同羽織、銘仙羽織長襦袢各一枚等衣類八点を窃取せられた事実を認めることができ第一審第二回公判調書中証人相本千鶴子の供述記載によれば被告人が同年同月二十九日右証人方で右証人に対し山部ナヲの窃盗被害品の中の錦紗袷長着一枚を売却した事実を認めることができるけれども右二つの事実を綜合しただけで直ちに被告人が判示錦紗袷外衣類数点を窃取したことを認定することはできない。

蓋し被告人が右被害品中の一点を持つていたとしてもそれを持つに至つた事情は必ずしも被告人が右の一点を含めた判示物品数点を窃取した場合に限らず論旨にいうように他の何人かが窃取したものを買受けたのかも知れないし窃取したものから売却方を依頼されたのかも知れないその他色々な場合を考えられるからである。原判決は畢竟理由の不備若しくは審理不尽の違法あるものというべく、この点において論旨は理由あり原判決は破棄を免れない。

よつて他の論旨に対する判断を省略し、旧刑事訴訟法第四百四十七条第四百四十八条の二日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律第十六条に則つて主文の通り判決する。

(裁判長判事 三瀬忠俊 判事 和田邦康 判事 小竹正)

上告趣意書

原判決は左記事実を認定し被告人を懲役八月に処し三年間右刑の執行猶予の判決を言渡した。(中略)然るに本件記録を査するに原判決はその第二審に於ける第一回公判期日(昭和二十三年十一月五日)には被告人が感冒のため十日間の安静を要する旨医師の診断書を提出し公判の延期を申請したるに之を却下し次にその後に指定せられたる第二回公判期日(同年十二月七日)には被告人の第二審弁護人に於て高血圧症のため二週間の安静を要する旨医師の診断書を提出し公判の延期を申請し何れも被告人不出頭に付正当の理由あるに拘らず輙く之を斥け被告人不出頭の儘審理を終了し又弁護人は被告人に利益のため有力なる証拠調を申請せんがため一旦閉ぢたる弁論の再開を申請し被告人の利益を擁護せんとして最善の努力を払いたるも是亦原審の容るるところとならず遂に弁護人としては所謂刀折れ矢尽きたる習に陷つたものである。斯くの如き急速なる審理裁判の必要が奈辺にあるか、立法上審理手続に付違法ありや否やは暫く措くとして本件の如き極めて疑わしい事案に対しては十分に被告人の弁解を聴いてやる丈けの寛容を示して頂きたいのである事実審の終審たる第二審の態度としては不深切であり且審理が極めて粗漏の感を深くすると共に不当に弁護権を制限し審理に於ても尽すべきを尽さず又原判決の理由に於ても不備の違法があることを痛感するものである即ち左にその理由を述べる。

第一、本件に付原判決が被告人を有罪と認めたその証拠説明として、

(一)山部ナヲの盗難届中判示に照応する被害顛末の記載

(二)原審公判調書中証人相本千鶴子の供述として「本件着物は二月二十九日夕方被告人が証人の店に売りに来たので買うたものなる旨の記載

を綜合して之を認めるとある。

然しながら右証拠説明に依つては被告人の判示窃盗事実を認めることは出来ない少なくとも理由不備である。仮に被告人が所謂本件着物なるものを相本千鶴子方に売りに行つたとしても被告人が之を窃取したものか或は賍品たるを認識せずして売りに行つたものか、又仮に之を認識したとするも本犯から賍物の収受、故買牙保等の場合をも想像し得るものであつて是等の真相は右証拠説明のみにでは不明であり且又その真相は怎しても極めねばならぬ、故に本件着物を売りに来たと言う一事を以てその者が窃盗の真犯人であることを確認する証拠とはならぬ。従つて前示証拠説明に引用せられた各証拠の内容のみに依つては到底被告人に対する判示窃盗事実を確定し之を認めるには理由不備たるを免れない。

加之判示事実に依ると「本件の被害物件は「錦紗袷一枚外衣類七点」と判示あり而して被害者山部ナヲの盗難届(第一一頁)中には被害物件は錦紗袷同羽織。銘仙羽織、長襦袢各一枚等八点である。従つて右証拠説明中に引用せられた証人相本千鶴子の証言中にある「本件着物とはその一部と明記がない以上右被害物件「錦紗袷一枚外衣類七点全部を指称し被害品全部を売りに来たものと認めざるを得ない。然るに、

(1) 第一審に於ける第二回公判調書(昭和二十三年七月八日附)中証人相本千鶴子の供述として「二月二十九日夕方「コンサージの洋服に中ヒールを履いた女学校卒業間際と思わるる人が税金で金が困ると申し風呂敷包在中の着物と時計とオーバーを持参したので右三品を金四千円で買受けた旨の記載あるも、

(2) 相本千鶴子の聴取書(同年五月二十一日附)中同人の供述として「本年二月二十九日十八、九才の紺サージのワンピースを着て居り中ヒール白靴を履いた一見女学生風の人が風呂敷包に錦紗袷長着婦人オーバー置時計を持参し四千円にて買受け呉れと申したが、オーバーは着古しで売れぬから長着一枚と置時計の二品を四千円にて買受けた旨記載があつて、

右供述記載に依ると相本千鶴子が買受けた事は二品若くは三品であるが本件被害品中には置時計はなく衣類も被害品全部を買受けたものでない。原判決に引用せられた証拠説明は極めて杜撰であり之と関係調書の内容を照合するとその間に齟齬がある要するに原判決は引用せられた各証拠を綜合しても決して窃盗の事実は認められない、理由不備の違法がある。(他の上告論旨は省略する。)

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